mahirossimo

このブログはとある人が考案した「餃子たん」なるジャパンカップサイクルロードレース非公式キャラクターをきっかけに推しに会ったり推しに帯同したり推しの本を作ったりした人のブログです。noteから引っ越しました。 ●Special and big thanks : 家路を急ぐ(grupetto82)さん●

【TDF帯同記 試し読み03】推しは近くて遠い

ツールの帯同は、二週間、最初の休息日前日までとなった。

チームプレゼンの日にグランデパールの地、オランダ・スキポール空港へ到着。第9ステージのチームタイムトライアルの日の朝にナント空港へ向かい、シャルル・ド・ゴール空港経由で関西空港へ帰国するスケジュールだった。

休息日にキャッキャウフフする選手を生で見られないのは残念だったが、今になって思えば三週間みっちり帯同していたらホームシックと疲労で廃人になっていただろう。

飛行機の手配はチームがやってくれた。

仕事を片付け、新しく餃子たんのステッカーを量産し、ツールの出場メンバーが判明してから急いで似顔絵を描いて横断幕を作る。

そうしているうちに、あっという間に渡欧の日がやってくる。

荷造りは悩んだ。二週間の長旅なんていうのは経験がない。トランクの都合もあるので荷物は最低限にしてほしいと言われたが、洗い替えで一体どれぐらいの量の服が必要なのか、取材といっても何を持っていけばいいのか。カメラと、スケッチブックと筆記用具? 私が思いつけるのはそれぐらい。

おまけに、その年のヨーロッパはかつてないほどの熱波に襲われており死ぬほど暑いという情報まで飛び込んでくる。

冬のイタリアにしか行ったことがない私にとって、ヨーロッパの夏はテレビで見るツールそのものだ。けれど映像は気温までは伝えてくれない。暑いといってもどれぐらいなんだろう。日本という湿気の国で育った私には全く想像ができなくて、とにかく日焼け止めや暑さ対策になるものを片っ端からスーツケースに詰め込んだ。

洗濯はチームバスの洗濯機でやってもらえるという。チームからTシャツやなんかも支給するから。心配しないでいいから。私はその言葉を素直に信じて、三泊四日ぐらいの荷物で欧州へ経つことになった。(これがいけなかった)

きっと日本食が恋しくなるだろうなと思っていたが、カップラーメンとかは嵩張って荷物になりそうだったので諦めた。(これを諦めなければ良かった…)コンパクトだしミラノへ行く時も持っていったほうじ茶と梅昆布茶を用意するつもりだったのだが、結局仕事が忙しすぎて空港で調達することにしたらほうじ茶しか手に入らなかった。最初からツイてない。おまけに、当然だけど死ぬほど緊張している。この時点でもまだ現実感がない。IAM仕様にデコってもらったネイルを見ても、搭乗しても、夢なんじゃないかと思う。そのへんの人捕まえて、私今からツール・ド・フランスへ行くんですよ、観客としてじゃなくて、チームに帯同するんですよって言って回りたかった。情緒不安定にもほどがある。

平日の昼間の便はガラガラで、三席使って横になることができたが、ほとんど眠れなかったのでアベンジャーズ:エイジオブウルトロン(当時の最新作)を見て過ごした。

機内の小さい画面で見るもんじゃない上に、映画の内容にお気持ちをめちゃめちゃにされてひどかった。

到着直前にさすがにうとうとした私を乗せて、飛行機はあっさりとスキポール空港へと到着する。

関西空港発だったこともあり、客室乗務員には日本人も多かったのでまだヨーロッパに来た気がしない。

航空会社がKLMということもあって、唯一機内食についてくるプラカップに自転車の模様がついていることだけが、私にオランダという国を意識させた。

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すんなりとパスポートチェックを終えて到着ロビーに出ると、IAMのロゴが入ったポロシャツを着た女性が出迎えてくれる。

彼女の名前はRoxane。ツールではスポンサーなどのVIP対応の仕事をしている女性だ。とはいえ私はVIPなどではないのだが、滞在中はほとんど彼女にお守りをしてもらうことになった。

しかしチーム側も、私がこれほど英語を喋れないとは思わなかっただろう。(メールは友人に校正もしくは代筆してもらってますって何度も言ったじゃん!)

空港から、ユトレヒトへ向かう車中がまず最初の地獄だった。

自己紹介はできる。けれどそれに投げかけられる質問を聞き取ってまともに返答することすら怪しく、色々とたずねてくれるのに、聞き返すことが多かったり返答に詰まったりで、私の気持ちはベッコベコにへこんでしまった。

来日した海外の選手と話すことはあるが、だいたいはサインください、写真撮ってください、日本に来てくれてありがとう、だ。そのほとんどが会話とは呼べないもので、「日常会話できます!」の要求スキルの高さはえげつないのだ、という話を、今更思い返していた。しかし、時すでに遅し。持っている英語力でなんとかするしかないのだ、とも同時に思う。ついでに、有料の辞書アプリを入れた。背に腹は変えられなかった。

しかし、それによってやっと実感がわいてきた。

最初、私は空港でピックアップしてもらった時間からすると、そのまま生でチームプレゼンテーションが見られるのだろうと思っていた。しかし、どうやらロクサーヌはこのままホテルへ向かうつもりらしい。

「あのう、まっすぐホテルへ行きますか? 私チームプレゼンテーションが見たいんです…」

おずおずと言い出した私に、Roxaneは目を丸くする。

だめかなあと思ったが、彼女は少し考えた後、先にホテルに荷物を置いてからね、と淡々と返事をして、了承してくれた。

ホテルは、ユトレヒトの街の少し外れの、森の中にあるみたいなホテルだった。

フロントでチェックインをすませ、荷物を置いたらタッチアンドゴーで、再びRoxaneの運転でチームプレゼンテーションの会場へと向かう。

しばらく走ったところで、私を乗せた車はチームバスの駐車場になっている路上にたどり着いた。一帯を通行止めにしているようだ。チームバスだ! 日本にいたら、まずお目にかかることはない、プロツアーチームのバスがずらりと並んでいる。 そして、ミラノぶりの推しチームのチームバスに、テンションがあがる。

しかし中に選手がいるのかなあと思ったら、そこにいたのはバスの運転手であるFrancisだけだった。

英語が堪能なRoxaneと違って、フランス人の彼とは英語でのコミュニケーションが怪しい。(勿論、私なんかよりは十分堪能だ)それでもまだドギマギしている私をにこやかに出迎えてくれて、軽くバスの中を案内してくれる。

(私チームバスの中に入ってる!)

海外へ来た、という実感とは別の実感が、遅れてやってくる。

車内には初日のタイムトライアルに使う用のヘルメットが並べてあり、スコットのニューモデルで今日届いたばかりのものらしい。まだお披露目してないから写真は撮ってもいいけどネットにアップするのは待ってね、と言われる。神妙に頷きながら、裏方っぽい、と感激した。もうなんでも感激する時間帯だった。

バスの中を堪能した私は、Roxaneに連れられていよいよプレゼン会場へ向かう。

事前に送った顔写真(自撮り)がプリントされたパスを渡され、餃子隊員はついに「関係者」になった。

画像1

そこからは、進む道進む道、すべて「柵の内側」だ。

警備員と、揃いのユニフォームを着たボランティアスタッフに見送られてずんずんと歩く。柵の外側の観客からは、あの東洋人、誰、という顔で見られているような気がした。被害妄想。

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会場は公園の中にある広場で、大きなステージの前に客席があり、さながらライブ会場のよう。このあたりはグランデパールの地が街をあげて企画するのだろう。毎年違った演出をしていた記憶がある。私が会場に入ったタイミングでは、前座のパフォーマンスのようなものが行われていた。

どうやらチームごとに客席が割り当てられているようで、Roxaneが案内してくれた場所にはすでに先客がいた。

「やっと会えたね!」

朗らかに挨拶をしてくれたのが、最初に私にコンタクトを取ってくれたAlfonso。

その向こうで鷹揚に微笑んでいたのが、チームのCEOであるMichel Thétaz。つまり、この人が私を欧州に、ツールに呼んでくれた人だ。あと数人もしかしたらその場にいたかもしれないが、ちょっと記憶を失っている。だって舞い上がっていたのだ。再び、彼らから質問攻めにされながらプレゼンテーションが始まるのを待つ。Alfonsoはイタリア人で、英語がかなり聞き取りやすくて助かった。

ちなみに、ここでステージの近くに見知った顔を見つけて私の心はかなり落ち着いた。

シクロワイアードの編集長、綾野真さんだ。当然取材で来られているのでお仕事中である。邪魔をするわけにはいかないので声を掛けはしなかったのだが、そのときやっと知っている人を見つけてずいぶんほっとしたのを覚えている。

さて、いよいよチームプレゼンテーションがはじまる。

とはいえ客席にいると状況がさっぱりわからず、ツイッターを確認するとどうやら選手たちはチームごとに運河を船で進み、会場入りをするらしい。

えーなにそれめっちゃかわいい。見たかった!

生で見ることは叶わなかったが、船から降りてくるところは大型ビジョンで確認できた。そしてどんどんチームが登場し、ステージで紹介される。

さあここからが取材だ。

いつもレースを観戦しに行くのと装備が大して変わらないが、一眼レフを構えて写真を撮りまくる。「ファン」にしてはガチめの装備に、同席しているチームの面々からはそのあとさらに質問攻めに遭うことになるのだが、それはまた別の話。

インタビューでは、フランス人選手に英語で回答をさせるというプレイが横行していた。プロトン公用語が英語にシフトしていくにつれて、こういうことが増えた印象がある。

だというのに、私が放り込まれたチームの公用語はどうやらフランス語らしいということに、頭上で交わされる会話を聞いてようやく気付く。

Alfonso、ちょと待って。私が英語得意じゃないんだよ、と弱気だったのに、「大丈夫大丈夫!」と言ったのはもしや、「(チームの公用語はフランス語だから、英語だけできても一緒だよ)大丈夫大丈夫!」だったのでは!? 不安材料がまた増えてしまったな…。

と、再びへこんでいたところで、どんどん選手はやってくる。

個人的に、この年のツールは私にとってはゴールデンメンバー勢揃いだった。

めっきりツールからは遠ざかっているトム・ボーネンを除けば、一目見たかった選手はほぼほぼ出場していたのだ。

ミラノでもミーハー行為をしたが、セバスチャン・シャヴァネル、それからナセル・ブアニ。母が大ファンであるアルベルト・コンタドール。その他にも大勢。

まさか自分のカメラで撮影できる日が来るとは思わなかった面々に向かって、夢中でシャッターを切った。

この日の写真だけで、五百枚を超えている。

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あのねー、ここまできて私まだ推しを一目も見てないわけ。長いの。中休みにバンド演奏などもあるので、現地にいるとチームプレゼンって余計長く感じる。当たり前だけど、サッシャさんと栗村さんの雑談もない。でもとにかく舞い上がってるからツイッターで実況しちゃうの。現地なうだからね。家で見てるのと変わらんやんみたいな自分の実況のログを確認してちょっとげんなりした。ツイッター廃人め。

しかし、異国の地で、右も左も分からないまま、夢のような状況に放り出されてもなんとか気を確かに保っていられたのは、そうやってツイッターで「いつもの面子」と繋がっていられたおかげかもしれない、と思う。感謝。

突然ツールのチームプレゼンテーションの、しかも客席エリアに出現した餃子隊員に、事情を知らないフォロワー諸氏は随分驚いていた。私もまだびっくりし続けてるから、お互い様だわね。

IAMサイクリングは、中盤にやってきた。

ステージ脇のスロープから、9人の選手が自転車に乗って登場する。シャヴァネルも、いた。

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ミラノのときよりも絞れて見えた。いる。やっぱり推しはいるのだ。けれど、まだ遠い。ステージが遠い。ファインダー越しだとさらに現実感が失われる。でもシャッターは切らなきゃ。記録に残さなければ。混乱である。キャー、とか言えない場所に座っている。平静を保っているふりをしているあいだに、彼らの出番は終わった。

「…居たわ…」

という、あまりにもそのまんまな感想だけが残った。

最後のチームの紹介が終わり、チームのみなさんと一緒にぞろぞろと退出する。選手と一緒にホテルへ向かうのかな? もしかしてチームバスに乗れるのかな? そういう期待をしたが、選手たちはとっとと自走かチームバスでホテルへ戻ったようで、さきほどの場所までえっちらおっちらと公園内を歩き、停めてあったチームカーでホテルへ戻る。

時間はすっかり夕暮れ。

ホテルへ戻った私は、いろいろなスタッフに行き合うたびに紹介をされまくった。最初なので、みんなかなり物珍しげに色々と質問をしてくるので大変だった。そして、ここから人の名前を覚えるのに苦労することになる。

途中から、相手にお願いしてノートに名前を書いてもらって、そこに自分でこの人はどういうポジションのスタッフで…なとど覚え書きをしたり、さらっと似顔絵を描いたりするようにした。これがちょっと好評で、良いコミュニケーションツールになった。

ちなみに、ホテルに戻ったら選手たちに紹介するからねなどと言われていたが、選手たちは早々に食事やマッサージを終えて部屋に引きこもってしまっていた。紹介はまた明日ね、と言われてすごすごと引き下がる。でも、紹介されないまま朝ふらっと顔を合わせたらどうしよう。変な東洋人のファンがうろうろしてるって思われるんじゃないかな。妙なところで不安になったりする。だって推しはフランス語しか喋らないんだぞ…。

選手の食事会場は会議室のようなところを借りているようで、食事中に一般客や他のチームなどと顔を合わせないでいいようになっている。当然だが、選手第一な環境が伺えた。

同じホテルだったユーロップカーなどはキッチン部分とレストラン部分を備えるバスを帯同させているのだから、食事の際に部外者の目がないというのは選手のストレス軽減に一役買うのだろう。

夕食はスタッフと一緒にとることになる。スタッフの食事は、朝は選手よりも早く、夜は選手よりもあと。以前中継で、選手よりも早く起きて選手よりも遅く寝るとかそういう話をしていた解説者の方がいたと思うが、まさにそれだった。

夕食の際に、改めてスタッフ全員に紹介された。

さすがにツールということもあって、ほとんどのスタッフが揃っているらしい。初日だけ見たらあとはスイスのオフィスに帰るというスタッフもいるようだが、やはりそれだけ重要な大会なのだと感じる。そりゃそうだ。

ここまでくると、めちゃめちゃな英語でも通じれば儲けもんぐらいに若干開き直ってくる。なんでも聞いて、私がダメでもグーグル翻訳ががんばって答えます。

イタリア人監督のマリオに、「クキ(?)を知っているか」と何度も聞かれ、どうやら永井孝樹さんのことであるとわかったり(自転車の世界でご活躍の日本人選手・スタッフの存在、めちゃめちゃにありがたかった。知っている限り名前を挙げて話を繋いだ)、なんやかんや話せないなりになかなか楽しい食事で、その日を終えた。

Gyoza meets IAM TDF2015 #1 | Flickr

Gyoza meets IAM TDF2015 #2 | Flickr

【TDF帯同記 試し読み04】お出汁欠乏症へつづく)

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